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2019/02/10

なあに、と答える

1月の終わりにパートナーの病室が変わった。
反対側の窓側になったので、左右が逆転した。
移った当初は左右が変わるとここまで戸惑うかという感じだった。
まずエレベーターを降りるところから。
4階に着いて気合いを入れて体を左に向けないと、そのまま右に行ってしまう。
ようやく慣れてきた吸引も逆からなので、ぎこちなかった。
1月は4病棟の患者さんの病室移動が多かったので、
看護師さんや介護士さんも「○○さんはどこ?」とクルクルしていた。

昨年の4月終わりごろから続いている「発熱しない記録」が更新されている。
こう書くと発熱しそうでコワいが、なんとか春までこのまま安定してほしい。

今年になって、毎日目を開けるようになった。
開け方は日によってまちまちだが、病室にいる1〜2時間の間に必ず開ける。
リハビリの間ずっとぱっちり両目を開けていることもある。

足湯は、SolのスタッフK、カープ坊やの刺繍をしてくれたHさん、
理学療法士のNさんの手を借りながらひとまず週2回くらいは続けている。
パートナーの高校時代の友人や、Solaの仕事仲間も手伝ってくれる。
ありがとうございます。

ベット上に起こして10分くらい座ることはわたし1人でできるようになった。
左右逆転してよかったこと。窓側を向いて起こせるようになった。
前の病室では利き手のぐあいで、ひとりのときは廊下側を向いて起こすことがほとんどだった。

パートナーの右側に座って支えながら、右耳のそばで名前を呼ぶと、
顔を向けて目を開いて「なあに」と答えてくれる日がある。
何度も呼びかけてしまうが、答えるのはたいてい一度きり。
「なあに」は日によって「大き」かったり「中くらい」だったり「小さかった」りするが、
答えてくれる。
嬉しくて嬉しくて、同行してくれた人に「見てて見てて」と見せびらかす。

🎵 あなたと呼べば あなたと答える 山の木霊の嬉しさよ

という歌がアタマのなかでリフレインする。

🎵 あなた なんだい

人の人との関係の基本がこの歌にあったとは。
サトウ・ハチロー&古賀政男はすごい。

ぜひ「なあに」を見にきてください。
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2019/01/05

2019年 スタートに立つ

2018年は、経営面でも制作面でもさまざまな問題が噴出した1年だった。
パートナーが倒れたのが2016年11月4日で、当日まで彼は仕事をしていた。
わたしもその日までは自分の仕事を通常どおりにこなしていた。
2017年はそれらの仕事をベースにとにかく回すことで、ひとまず乗り切ることができた。
しかし、翌2018年はちがった。
パートナーの仕事はゼロ、自分の仕事は半分以下という2017年の影響が、
当然のように降りかかってきた。
ここからがスタートなのだ。
新たな気持ちでこの1年を大切に過ごしていきたい。

年末年始は体調を崩して寝込んでしまった。
休めというサインを体が送ってくれているのだから、無理はしない。

***

「一度家に帰ろう」大作戦の課題の1つ「吸引をおぼえる」は、昨年21回の試用期間を経て、
独り立ちした。
マスターしたかと言われれば不安もあるが、毎日1回は忘れないように続けている。

半年間お世話になったマドンナことKさんが、家庭の事情で新年から病院に来ることができなくなった。足湯のきっかけを作ってくれた彼女に感謝している。ありがとうございます。

すこしずつでも続けていかれるように、求む足湯メイト。

2019年賀状

2018/11/25

「一度家に帰ろう」大作戦 始動

このところ好天が続いている。
1週間ほど前のこと。
その日も天気がよく暖かかったので、パートナーを車椅子に乗せ、
理学療法士のNさんと外に出た。
病院の前の駐車場の中に植え込みがあって、その前で日向ぼっこをしていた。
Nさんから次のような提案を受けた。
「2年が過ぎ、おそらくこれから長期戦になると思う。
院内でできるリハビリはこれ以上新しいことはなく、
新たな刺激となることも難しい。このところ病状が安定しているので、
外出で、一度家に帰ってみることを検討してみたらどうか。
家のなかだったら猫に触れることもOKなので」

名付けて「一度家に帰ろう」大作戦。
実行するには、課題がいろいろある。

1 ひとりでは無理
2 車椅子で家に入るための準備
3 吸引をおぼえる
4 車椅子への移乗(全介助)をマスターする 
5 吸引器の手配
6 看護師の手配(病棟の看護師は付き添えない)
7 移動手段の手配(介護タクシー)

まずは、課題1。
マドンナことKさんに相談。
「希望は必要」と。
作戦への参加を承諾してくれた。
しかも妹さんが看護師という最強ぶり。

つぎにドクターに相談。
病院では何はともあれドクター。
病状が安定しているので、このままの状況であれば、寒い時期を避けて、
課題をクリアすればOKと許可がおりた。
平日11時くらいに病院を出て、2時間〜3時間くらい家にいて、
15時くらいに病院に戻るのがベストとのこと。


課題4「車椅子への移乗(全介助)をマスターする」は、
そう簡単ではないと理学療法士のNさん。
病室のベットから車椅子に移って、車椅子のまま戻ってくるので、
病棟のスタッフの補助は受けられると。
それならなんとかなるか。いつかマスターできるように時間をかけて取り組もう。

パートナーがこのまま安定した病状で今冬を越して、
わたしが課題をひとつずつ焦らずクリアする。

来春を目標に「一度家に帰ろう」大作戦を開始しよう。

この作戦に力を貸してもいいと思った方、ご一報ください。

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待ってるよ(た助&あき恵)

2018/11/03

「出張プロジェクトin山中湖」

隔月で集まりをもっている「Sola1冊の本プロジェクト」。
10月は「Sola1冊の本プロジェクト 出張プロジェクトin山中湖」。
山中湖在住のメンバーの提案で、山名湖で合宿プロジェクトをおこなった。
参加者は9人。

この時期としては異例の暖かさと雲一つない晴天に恵まれた2日間だった。

1日目は、山中湖在住のメンバーのお宅で、ヘブライ語の翻訳作品の検討会をおこなった。
著者(75歳)は、小型自家用車を運転して、
ヨルダン川西岸地区とガザ地区に通いつづける未亡人。
イスラエル大手出版社の元編集者兼作家でドイツ語とフランス語、スペイン語のヘブライ語翻訳家として、カフカ、カミュ、ニーチェ、マルケスなどの訳書がある。
三人称で描かれる同書の彼女はじつに自然体で魅力的な女性。
彼女とパレスチナの市井の人々との、30年間にわたる交流記録。

次回12月のプロジェクトでも再度取り上げて検討を続けたいと思う。
ぜひ形にしたい作品だ。

2日目は「ハイキング」と称した「山登り」(大平山・平尾山)を体験した。
久しぶりの山歩き。

***
パートナーが倒れて、明日11月4日で2年になる。

いまだにできないことがいくつかあり、そのひとつが散歩だった。

わたしは先天性股関節症で、右足に人工股関節を入れている。
左足も同じ病気で、いずれ人工股関節を入れることになるのだろうが、
いまのところはなんとかもっている。

わたしはもともと山歩きが好きで、若いころは無謀にも南アルプスに登ったりしていた。

筋力の衰えに伴い、右股関節の痛みが増し、2010年に人工股関節置換術を受けた。

2004年に本作り空を立ち上げてから激務が続き、
体を動かすこともままならない日常が続いた。

パートナーもこのままではマズいとあるときから散歩を始めた。
*パートナーの散歩ブログは、LEADER’S BLOG 2017/07/29の最後に紹介している。
http://soladanjo.blog.fc2.com/blog-date-201707.html

パートナーは学生時代に山に登っていたので、散歩でもかなりの距離を歩くようになった。

ときたま一緒に散歩に出かけた。
「えっ、こんなところがあったの」と、パートナーはいろいろな散歩コースを開拓しており、
近所とは思えないような気持ちのいい場所、景色のいい場所もあった。

並んで歩くことはほとんどなく、パートナーはどんどん先に行ってしまう。
わたしはノロノロと歩いて、要所要所で待っていてくれるが、
姿が見えると、ぱーっと行ってしまう……。
***
そんな散歩の風景を思い出した。

山中湖の標高が980メートルくらいなので、
実際登ったのは330メートルくらいなのに……
きつかった。情けない。

途中からHさんの杖を借り、苦手な下りは
Fさん、Mさん、Kさんに小さな荷物も持ってもらい、
大きな段差は抱えるように助けてもらいながら無事、下りることができた。
ありがとう。
予定より時間がかかって多大な迷惑をみなにかけてしまった。

こんなに気持ちがよかったのは久しぶり。
なぜだか筋肉痛はなし。また来年も山を歩きたいと、心から思った。

おそらくまたみなに迷惑をかけそうだが、それでも歩きたい。
許してもらえるだろうか。

すこしでもマシになるように、近所を歩きはじめた。
パートナーが開拓した散歩コースをたどって。

山歩きで見た富士山の景色。同行したカメラマンのSさんが撮ってくれた。
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2018/10/21

空きベッド

1週間前の先週の日曜日、パートナーの病棟で、50代の男性が亡くなった。
あるご縁で、奥さまと顔見知りになり、挨拶を交わしたりしていた。
ほんのすこしだけ同室だったこともある。

入院当初は、ナースステーションに近い病室にいたが、しばらくして安定してきたので、
離れた病室に移された。
もといた病室で同室だった3人のうち、2人が亡くなっている。

西日射す 名札が消えた 空きベッド

わかっていたはずだ。病院とはそういう場なのだ。
なんともやりきれない気持ちになる。

この週末はとても賑やかだった。
土曜日は、4年ぶりにドイツから帰国したわたしの叔母と、
従姉妹夫婦と彼らの娘が来てくれた。
今日は、パートナーの高校時代の友人4人が足湯を手伝ってくれた。

みな、それぞれの貴重な時間を割いて、病院に足を運んでくれる。

ありがとうございます。

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先週の日曜日、病院の駐車場から見た空